特集9
「自然から環境を考える。高知の美しい川と森のはなし」
水生生物研究家・ 石川妙子さん「私はもともと岐阜県出身。生まれ育ったのは清流の長良川。夏になると家族みんなで長良川に遊びに行ったものです。そのせいか、今でも川をみるとほっとするんです」。そう言ってはじける笑顔をみせる石川妙子さん。
石川さんは水生生物研究家。今日は高知の自然と向かい合う石川さんが、環境に対してどのような思いを感じているのか伺いました。
そもそも石川さんが水生昆虫に興味をもったきっかけは?
大学で環境生物を学んでいたんです。生きものと環境、特に水質についてずっと研究していました。水質を調べるため藻類や昆虫をいろいろ調べるんですが、大学時代は主に藻類の調査をやっていました。その時から、「水生昆虫サークル」に入っていて、そこでごそごそ採取や観察をやっていて楽しくて(笑)。それに、高知に引っ越して来たら、水生昆虫の研究を専門的にやっている大学の先輩がいて、仕事を手伝っているうちにすっかりハマった(笑)。
水生昆虫の生態や水質環境を調査されていますが、昔と現在で何か変化は感じますか?
そうですね。20年前と比べると川の水質自体は水量保全計画などで排出基準が強化されてから、かなり良くなってきています。
ただ、昭和50年に大きな台風が高知に来たときに高知市内が水浸しになって、鏡川はあのように護岸だらけの川になってしまったという話を聞きました。
護岸や堰堤(えんてい)で川を固めて、とにかく水を早く海に出してしまおうという工事によって水はきれいになったけれども、生物は減っているという状態になってしまったんですね。
私は観察で仁淀川や鏡川によく行きますが、たとえば鏡川は、鏡ダムの近くでものすごく蛇行している場所があるんですけど、そういった場所が残されたということが鏡川にとってすごくいいこと、ラッキーなことだったと思うんですよ。ああいった場所を工事せず残してあったことで、今の鏡川は県庁所在地を流れる川であるにも関わらず、大変豊かな生態系を残している貴重な川となっています。
昔の公害汚染された江の口川を知っている世代の方は、鏡川も水質が低下した時代があっただけに、今の子供達にも「鏡川は汚いから遊びに行かれん、泳がれん」という方もいらっしゃいますが、いえいえ、とんでもない。現在の鏡川の水質は大変良好で、泳いでもまったく問題のない川になっています。
石川さん自身はエコや省エネについて、どのようにお考えですか?
そうですね。「エコ」という言葉はめちゃくちゃ定義が広いんですね。
日本人って英語を縮めるのが好きなので「エコ」って二文字にしていますが、「エコロジー」なのか「エコノミー」なのか、そこのところから混乱している人もいたりしますよね。
「環境を考える」と一言でいっても、生物多様性、生物の保全から環境に目を向ける人もいますし、ゴミを一所懸命拾って清掃してらっしゃる人もいるし、山の間伐をしていらっしゃる人もいるし。もっと身近なところでは、家庭菜園で無農薬で収穫した野菜を食べるという人もいます。
地球温暖化防止のために少しでも貢献できる省エネのとり組みも、環境には大変な意義があることです。でもね、家庭での省エネって実はとっても大変なんですよね(笑)。家族の同意はなかなか得られないし、家族の誰かが電気をつけて、その後ろから私が消して回る、その繰り返しです。本当に嫌になっちゃいますよね(笑)。きっとどこの家庭でも同じ構造だと思います。
まったくその通りですね。家族の協力がないとなかなか実行できない。できなかったってことも多いんです。
そう。せっかくがんばろうと思っても「あぁ、今日は省エネできなかった」ってことだってみんなありますよ。でも、そういうときにいちいち罪悪感を持っていたら気持ちが暗くなってしまうでしょう。だから、そこは臨機応変に“自分にできるところだけでもいいから、地道に続けていくこと”が大切だと思うんです。
いつも心の片隅に留めておいてほしいのは“自分たちが循環型社会に暮らしている”ということです。普段から無駄な物を使わないとか、適量の意識をもつこと、今あるものを上手に使おうという気持ちを大切に持ち続けてほしいと思うんですね。
たとえば、お母さんの心の中にそういう気持ちがしっかり根付いていれば、子供たちもそれを見て自然に学びます。昔も今も、“親を見て子供は育つ”というのは変わりませんもの。もちろん、それが効果的にCO2削減に結びつくかというとね、それはまた違う次元のことだと思うんですよ。
私たちが家庭でコツコツ行う省エネが、効果的なCO2削減に結びつくかというとね、それはまた違う次元のことだと思うんです。大きくCO2を削減しようと思ったら、国や自治体の政策を変えていくこと、企業は生産部門での省エネ化や、省エネ製品の開発に力を注ぐことが必要となるでしょう。
改正電気事業法が成立し、利用者は好みの電力会社から電気を買うことができるようになるでしょう。国の省エネ政策や企業の努力が不可欠ですが、それに加えて私たちは選択していく目を持つ必要があります。例えば、太陽光や風力でできた電気を利用するとか、省エネの製品を選択するとか。私たちが家庭でできる省エネはとってもささやかな貢献でしかありませんが、これから生きていく子供たちの未来のことまで考えて、自分はどうあるべきか納得した上で「環境を考える生き方を選ぶ」というのは、とても素敵なことだと思うんですよ。
今後の高知の環境について、石川さんが強く感じることは何ですか?
森の活用法ですね。高知県は森をもっと賢く使っていくことが大切になるだろうと思います。
たとえば、いったん人間が手を加えた人工林というものはね、ずっと人間が手を加え続けるしかないんです。定期的にきちんと間伐して森をしっかり作っていく必要があるんですね。そうじゃないと、モヤシみたいなひょろひょろとした杉が生えて、全然日が当たらない森ができてしまうでしょう。そういう場所は崩壊を起こしやすくて、ちょっとしたことで災害につながるんです。
でも、きちんと間伐して、いろんな高さの木や背の高い草などでしっかりとした複層林になると地面の土を根できっちり固めてくれるようになる。それはすごくいい森になるんですよ。
高知でも、ところどころに志の高い林業家の方が作った複層林があるんですが、大部分の森は放置されている状態です。
おじいさんおばあさんの世代が孫のためにと一所懸命植えた杉も、孫たちは都会に出て行き、自分の山の境界さえわからないということが多々あります。今から、そういうのを何とかしないと大変なことになりますね。
たとえば国が制度を変えて、20年以上放置された山林は召し上げて国が責任をもって間伐しますよ、というぐらいの気持ちがないと自然環境はダメになると思います。
今は個人のものだから国は手をつけられないという法律ですから。ここを間伐すれば山の環境が随分良くなるのにという場所があっても、個人の持ち物である以上、間伐できないということが多々あります。
複層林は自然環境だけじゃなくて生態系にも影響しますよね。
そうです。複層林が育つと山や森が元気になるだけではなく、生物多様性の世界にも多大な恵みがあるんですよ。
山の土がふかふかになって、冬は葉っぱを落とすので、山の樹木はあまり水を使わずに、ずっと眠ったような状態になっています。生態系のすごさは、秋になると広葉樹の葉っぱが川や林の中に落ちて、その養分が川の中に流れ出すところです。
その養分で苔が育ち、それから、落ち葉を食べて冬の間に成長する昆虫たちもいます。春になったらみんな成虫になるわけですが、彼らが羽化する瞬間に、アメゴがそれを餌にしようと食べに集まってくる。つまり、水生昆虫が多ければ多いほど、魚も多くなるんですよね。
冬は落葉した広葉樹の間から太陽の光が差すので水温が低くなりすぎることもありません。逆に夏は生い茂った葉で水面に陰ができて暑くなりすぎない。
本当に自然とは、うまい具合にできているんですよ。
では、石川さんがいちばんうれしい瞬間というのは。。。
それはもちろん、川に入っていて、何か水生昆虫を捕まえたときです!(笑)。
これは昔から全然変わりません。
カゲロウの仲間、トリゲラの仲間、自分でトラップを仕掛けて上流から流れてくる葉っぱを採って食べたりするんです。石で自分の家を作って担いで歩く虫とか、水生昆虫は本当におもしろい。
水生昆虫は一生のうちのどこかのステージの生活場所が水場、水の中、または水面にいる昆虫の総称です。たとえば鳥目とかバッタ目という分類学ではなく、ライフスタイルによる分け方なんですね。
ゲンゴロウとかは一生水の中にいますが、カゲロウとかトビケラ、カワゲラは成虫になったら羽が生えて外に飛んでいきます。草むらにとまったり、森の葉っぱの下に止まったり。トンボやホタルもそうですよね。
最近、鏡川自然塾で鏡川で活動していますが、みんなが思っている以上に鏡川というのが大変豊かなんだなということがわかってきたし、幡多地区、土佐清水のあたりには中小河川、短い川がいっぱいあるんですよ。そういう川に行くと、それぞれにまた生態系に差があっておもしろいんです。
だいたい、川の中に入る水生生物研究会なんかで「講師」なんて呼ばれるでしょう?そうすると、傍で見ているスタッフのおんちゃんがふと「のぅ、生徒より講師の石川さんがいちばん楽しそうじゃのぅ」と言う(笑)。
それでは最後に、石川さんのいちばん好きな川を教えてください。
高知でいちばん好きな川はね、やはり仁淀川ですね。
この川は上流から下流まで、全部大好きなんです。
だからこの川にいるとても楽しい。生まれ育った長良川の感じによく似ているんですよ。
私が育ったのは長良川のちょうど中流域ですが、それがちょうどいの町あたりの雰囲気によく似ていて懐かしくなる。
四万十川ももちろんいいんですけど、心情的に好きなのは、やはり仁淀川なんですよね。
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「川の話をするとエンドレスですよ」とうれしそうな石川さんの笑顔は、少女のようにキラキラしていてとてもまぶしい!高知の自然のすばらしさ。高知の川のこと、もっともっと知りたくなりました。